嫌われ者の酸

特に日本ではコーヒーの持つ「酸味」は嫌われ者です。
ラヴニールでも、酸味のないコーヒーはありますかとよく聞かれます。
多くの日本のコーヒー愛飲家にコーヒーの酸味は毛嫌いされています。
舌には慣れた物を好ましく感じ、慣れていないものは異物とみなす性質があります。
多くの日本のコーヒー愛飲家の舌は酸味の強いコーヒーに慣れてはいません。
逆に世界的にみて高評価されているコーヒーはと言うと、酸味が華やかで際立つものが選ばれています。(前回コラムに書いたスペシャルティーコーヒーというカテゴリーでの話です)
日本ではなぜ酸味のあるコーヒーは嫌われ者なのでしょうか。
以下は私の考察になりますが、理由を挙げます。
①日用品ゆえの悪印象
日本ではコーヒーは嗜好品というよりも日常品という形で定着したように思います。
日用品のコーヒーは大量生産されます。大量に流通するため価格競争が厳しい商品となります。したがって製造者のコスト管理はシビアになります。コーヒーの焙煎は深煎りにしようとするほど時間がかかり、燃費も高くつきます。製造者としては浅煎りの方がコストを抑えられるわけです。安価なコーヒー=浅煎りで酸味があるという印象付けがされた原因かもしれません。
浅煎りコーヒーの特徴としては酸味が強く苦味が少ないのが特徴です。もうひとつの特徴としては素材(コーヒー生豆)の長所も短所も抽出液に現れやすいということです。大量生産されるコーヒーの原料となるような豆は雑味と言われる不快な風味が多く、特に浅煎りコーヒーでは雑味を感じやすくなり飲用時の悪印象にも繋がりました。
②品質が劣化酸味と混同
コーヒーは焙煎から時間が経つにつれ酸化により、品質が劣化します。香ばしさはツーンとした酸っぱい臭いに変わり、抽出液を口に含むと刺すような刺激があります。
よっぽどのことがない限りコーヒーを飲んで食中毒を起こすことはないので、消費者も飲食店も含めてコーヒー焙煎豆の鮮度管理はいい加減なものでした。
そのいい加減に鮮度管理されたコーヒーを飲まされた時に感じた負のイメージが、「酸味」という言葉と結びついて苦手意識を生んでいるのかもしれません。
③深煎りコーヒーこそ嗜好品という文化
②で挙げた浅煎りコーヒーは大量生産の安価なコーヒーという印象がついたために、スペシャルティコーヒーが入手できなかったころの自家焙煎店には何らかの差別化が求められました。そこで登場したのが時間をかけてしっかり焙煎した深煎りコーヒーや、炭火を熱源に同じく深煎りにした炭焼コーヒーです。これを大手ロースターが作る浅煎りの大量生産のコーヒーに対して、付加価値のある商品として打ち出しました。それが功を奏し深煎りコーヒーこそがおいしいコーヒーという印象付けが成されました。
深煎りコーヒーの特性としては原料のコーヒー豆が持つ雑味をある程度破壊することが出来ます。酸味も同時に破壊されます。浅煎りコーヒーに比べ焙煎にかかる時間も燃料のコストも増えることになるので、手間とコストをかけた上質なコーヒーという印象になります。私も焙煎士の一人として先人の努力に敬意を表します。
今回は以上三つの理由を挙げました。
では現在日本でも手に入るようになった新しい嗜好品のカテゴリーであるスペシャルティコーヒーに照らし合わせて先程あげた3つの事柄を考えてみます。
①スペシャルティコーヒーは先物市場ではなくオークションで取引されることが多く、材料自体に原価がかかるため浅煎り=省コストという図式は当てはまりません。
またスペシャルティコーヒーの大前提はクリーンカップと言って雑味がないことが根底にあります。故に浅煎りをして雑味が強く出てしまうということはありません。
②スペシャルティコーヒーとはいえ新鮮さを失って酸化したものは不快な味わいになります。鮮度管理が行き届いているかどうかを気をつければ、酸化による不快な酸っぱさは回避できます。スペシャルティコーヒー、コモディティコーヒーに関わらず鮮度は注意すべきポイントです。
③深煎りをすることにより得られるのは焼き芋もような香ばしさ。これは植物の種子であるコーヒー豆に長時間熱をかけることにより得られます。また雑味があればマスクすることが出来ます。
では深煎りすることにより失うものは、まず嫌われ者の酸味です。世界的にみてスペシャルティコーヒーとして評価される重要なポイントに一つである酸味が消えてしまします。また深煎りすることで生まれる苦味によりスペシャルティコーヒー特有の繊細な個性がマスクされてしまいます。
理由を挙げて考えてみると長年の嫌われ者の酸も、そんなに悪い奴じゃなかったのかもと思っていただけたのではないでしょうか。
嫌いは好きの裏返し、興味の対象でなければ嫌われもしません。しっかり本質が見直されるとコーヒーの酸が人気者になる日が日本でもいつか来るのもしれません。

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